香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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心臓病の子ども達と共に

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6.お化粧で知る回診日

大学病院へ行けば優秀な医師が診察してくれる、その分野の専門医が主治医になって治療してくれる、純粋にこう考えて大学病院を訪れる患者さんがいたとすれば、それは大きな間違いである。もちろんどこの大学病院にも優れた専門医や研究者は大勢いるはずである。僕が在籍した小児科にも代謝疾患、循環器疾患、神経疾患、血液疾患、腎臓疾患、内分泌疾患、感染免疫疾患の専門グループがあり、それぞれに優秀な医師がいた。しかし、こうした専門医はあくまでも上級医や指導医であって、大学病院の外来診療は行っているものの、主治医として実際に入院患者を受け持つのはあくまでも研修医なのである。だから、初めに書いた文章のうち、大学病院へ行けば優秀な専門医がまず診察してくれるというのは概ね正しいが、そうした専門医が主治医になって治療してくれるという期待は裏切られる場合が多い。もちろん専門医や指導医も、研修医が考えた検査プランや診断名、治療法に対して適切な指示や軌道修正をしてはくれるが、まずはすべて若い研修医が主役となるのである。

大学病院の外来風景も、指導医クラスが診察を行い、その横で研修医クラスの医師が指導医の言葉をカルテに記載して、後ろの方に医学生がズラッと並んでいるというのが通常である。それが一般的といえばそれまでであるが、プライバシーを守りたい病気や患者さんの場合はとくに耐え難い状況であろう。大学(病院)の目的が診療、研究、教育の3つである以上は仕方のない部分かもしれないが、改良すべき点はあると思う。ただし、僕が大学病院に在籍していた頃と今とでは医療現場を取り巻く状況が大きく変わってはいるため、これはあくまでも当時の話であることをおことわりしておく。

僕の小児科の場合、自分の受け持ち患者の採血や検尿は研修医が自分でやることになっていたので、毎朝7時半頃までには病棟に来ている必要があった。自分で採血の準備をして自分で採血を行い、血液を検査容器に入れるところまでしておくのである。続いて、患者さんの尿を自分で小児科研究室へ持っていって尿検査用のテステープを入れ、さらには自分で遠心機にかけたあと自分で顕微鏡を覗いて判定するのである。そして、ほとんどの患者さんとお母さん方が起きる頃合を見計らって、自分の受け持ち患者の回診をするのである。ここまでの仕事を午前九時頃までに済ませておかなければいけない。なぜなら、ほとんど毎日のように予診や採血などの外来当番が当たっているので、午前9時過ぎには外来に出ておく必要があったからである。その他にも、教授が医学生に対して行う臨床講義の症例提示が交代で当たったりするので、そのプリントの準備や授業中のスライド当番などもやらなくてはいけない。そして、お昼前後には新しい入院患者が入ってきたり、いろいろな検査の付き添いや介助をしたり、日によっては保健所の乳児検診の当番が当たったりするのでほとんど暇はない。夕方には小児科全体の症例検討会や専門グループ毎のカンファレンスなどのスケジュールが目白押しであり、ここでも症例提示をするのは決まって研修医の仕事であった。だから、実際に自分の時間ができるのは午後7時過ぎであるが、ここから再び病棟で回診したり、担当の患者さんの病気について勉強したり、講義や症例検討会、カンファレンスなどの資料の準備をしたりと、雑用には事欠かない。また、当時は夜間の緊急検査も中央検査室の方ではやってくれなかったので、急患の場合は自分で顕微鏡を覗いて赤血球数や白血球数を算定していた。最近小児科に入った若い医師の話によると、毎日の仕事の内容や症例検討会、カンファレンスなどのスケジュールはあまり変わっていないようであったが、どんな時間でもほとんどの検査を中央検査室がやってくれるようになっているとのことで、それだけでも雑用はかなり減っていると言えるだろう。

ところで、病棟の週間予定の中で特筆すべきものに教授回診と助教授回診がある。一般病院でも大きいところでは部長回診というものがあるが、大学病院では若い研修医のトレーニングも兼ねているので一般病院の回診と比べて非常に厳しい面があった。回診では教授以下の医局員が全員で小児科病棟の患者さんを1人1人見て回り、患者さんの前で主治医が検査結果や診断経過などを教授に説明して、その後に教授から質問されるのである。主治医といってもほとんどが研修医であり、初めのうちはあらかじめカルテの検査結果を覚えておいたり鑑別診断を勉強しておいたりするのだが、準備していた事柄について聞いてくれることは不思議と少なく、予想もしなかったことや見落としていた点などをよく聞かれた。そんな時には答えられずにその場で数分間立ち往生するのだが、後で決まってお母さん方から同情されたりした。こうした回診も回数を重ねてくるとポイントが解ってくるのであまり準備もしなくなる上に、教授に尋ねられてわからない場合でも、別の面から答えてみたり逆に質問を返したりして、うまくその場を逃れる術を覚えてくる。また、慣れてくるに従って受け持ち患者数も次第に増えてくるので忙しさも段違いとなり、いちいち回診のことを気にしている暇もなくなる。当時は月曜日が教授回診で木曜日が助教授回診であったが、「僕の住所は病院です」と言えるほど忙しい生活の中では曜日の感覚も次第に麻痺してくる。そのために、入院している子どもたちに付き添っているお母さん方が目覚めてすぐに念入りにお化粧しているのを見て、「あれ、今日は教授回診だったっけ?」と、回診日であることを知ることも多かった。普段はほとんどお化粧をしないお母さんでも、どういうわけか回診日だけはきちんとお化粧をしていたものである。

そんな大学病院での研修医生活の中で、僕が初めて受け持った心臓病の子どもさんが、1歳になる無脾症候群の千秋くんであった。前は中堅の小児循環器専門医が担当していたが、転勤になったので次は順番で研修医の僕が主治医となったのである。千秋くんは無脾症候群の合併症として、単心房、単心室、共通房室弁、大血管転換、肺動脈狭窄、総肺静脈還流異常、両側上大静脈、大動脈下大静脈並走という複合心奇形をもっており、チアノーゼが強い上にときどき低酸素発作を起こしていた。そのため、発作予防の薬を服用しながら、多くの時間を酸素テントの中で生活していた。こうした千秋くんの状況を考えると早めに手術をする必要があるのは明かであったが、当時の無脾症候群に対する手術方法や成績などを総合的に考えてみると、小児科の循環器グループの医師も第二外科の心臓外科医もなかなか手術に踏み切ることができなかったのだ。それでも千秋くんはどこまでも無邪気で、調子が良いときに酸素テントから出て遊ぶことが彼とお母さんの1番の楽しみであった。千秋くんのお母さんはご主人と離婚なさっていて、実家のご両親からの援助もほとんどない状態でたった1人で頑張っていた。顔立ちの整った優しいお母さんであったが、回診日などで他のお母さん方が一生懸命に化粧をしている中でも、千秋くんの入院中に彼女が化粧した姿を見たことはなかった。

内服薬や酸素投与にもかかわらず千秋くんのチアノーゼや低酸素発作、多血症は増強する一方であったため、ついに手術を行うことが決まった。しかし、単にシャント手術だけをやるのか、あるいはシャント手術をした上に総肺静脈還流異常の方も同時に手術するのかという点が小児科医、心臓外科医の間で盛んに議論された。新米の研修医には適切な意見が出せるはずもなく、ただその話し合いを聞くばかりであった。そして出た結論は、シャント手術と総肺静脈還流異常修復術の同時手術となった。シャント手術だけの場合は肺血流量が増加するために総肺静脈還流異常の症状が前面に出てきてしまい、肺うっ血や心不全を引き起こす結果、全身状態がかえって悪くなる可能性が高いとの判断であった。手術当日の朝にも、千秋くんは酸素テント越しにかわいい笑顔を振りまいてくれた。

しかし、手術が終わって数日後に千秋くんはその短い一生を終え、お母さんはたったひとりぼっちになってしまったのである。大学を卒業したての新米の小児科研修医に対して多くの不平や不満もあったはずであるが、千秋くんのお母さんは感謝の言葉だけを置いて帰っていかれた。医療の現場でみた初めての死、自分の受け持ち患児の初めての死であった。千秋くんは僕が小児心臓病を志すきっかけとなった子どもさんの1人であるが、おそらく今の時代なら手術方法もその結果も大きく違ったものになっていただろうし、主治医としての僕の対応ももっと配慮や工夫ができていたことだろう。今でも千秋くんのお母さんが、彼の思い出とともに元気で頑張っておられることを願っている次第である。

大学病院へ行けば優秀な医師が診察してくれる、その分野の専門医が主治医になって治療してくれる、これは正しくもあり間違いでもある。大学病院へ行けば優秀な専門医がまず診察してくれるが、主治医として実際に入院患者を受け持つのは研修医なのである。専門医は上級医や指導医として回診やカンファレンスを通して、正しい診断、よりよい治療へ研修医を導いていくのである。ただし、現在は指折りの専門医や優秀な指導医となっている者でも、みんな昔は未熟な研修医だった訳であり、こうして育てられてきた医師たちなのである。もちろん現在は研修システムも変わってしまったため、このお話は一種の昔話でもある。

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