香川県高松市の小児科・アレルギー科・小児循環器内科 医療法人社団裕心会 あきた小児科クリニック

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心臓病の子ども達と共に

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13.封印されていた心エコーサマリー

最近はどこの病院でも新館建設や建て替えのブームらしいが、そうした新しい建物は内科や外科、整形外科といったメジャーな科、言い換えれば患者数や医業収入の多い科が独占することが多く、小児科や検査部門などは古い建物に据え置かれる傾向がある。以前勤務していた病院でも小児超音波検査室は旧館の2階にあった。その部屋の片隅に置かれた書棚に、昭和59年から僕が手がけた小児心エコー検査のサマリー集があった。主に4ヶ所の病院において検査したもので、きちんとした記録で残っているものだけでも2000例を超えていた。先天性心疾患の中にはいわゆる複雑心奇形といわれるように、心内構造が複雑で手術中の診断でさえ困難な症例があり、心エコー検査ではなおさら診断名を付けるのに迷う場合があるため、そういう時に過去の患者さんの記録を思い起こして正しい診断をするために整理してあった。

その中の1冊に、昭和63年から約10年の間、僕の実家の書庫に眠っていたものがある。今まではどうしても他の4冊のように目に付く所に並べる気にはなれず、ずっと封印されていたサマリー集であった。ある時に思い直して持ち帰り、本来あるべき場所に並べたが、そのサマリー集の1番後ろの症例、真由美ちゃんのサマリーには実際の心エコーフィルムが数枚張り付けられている。それを見ると、ちょうど古い悔恨と反省の記憶が鮮やかによみがえってくる。

当時、僕は南東北地方の循環器専門病院に勤務していた。そこには4人の心臓外科医と、4人の心臓内科医がおり、僕はただ1人の小児科医であった。医師になって丸4年、小児心臓病を志して3年目であった。小児科医としての1人勤務は初めてだったが、ちょうど油が乗り始めた頃で、心臓病ならどんな病気でも心エコーさえあれば診断できるという自信(過信?)が芽生えていた。転勤してから約1ヶ月、病院にも慣れた連休明けの5月某日、真由美ちゃんという生後3ヶ月の女の子が紹介されてきた。チアノーゼや明かな心雑音はなかったが、心音が大きい上に呼吸数も多く、心疾患の可能性が高かったので入院してもらった。診察、胸部レントゲン、心電図など一通りのことが終わり、心エコー検査を行った結果は心房中隔欠損と高度肺高血圧症でした。「なんでこんなに右室圧が高く見えるんだろう?そういえば原発性肺高血圧症という病気も考えられるし、早めに心臓カテーテル検査をして確定診断をつけた方がよさそうだな」と思った。それでもそんなに急ぐこともないだろうと考えて、緊急検査ではなく、1週間ほど先の空き時間に心臓カテーテル検査の予約をした。哺乳力や哺乳量は良好とは言えず、体重増加も不良であった。

そして心臓カテーテル検査の日が来た。右房、右室の血圧測定の後、カテーテルを心房中隔欠損を経由して左房、左室と進めた。次に右室造影をした。造影剤は右室から肺動脈に流れ込み、そして肺静脈から左房、左室に戻ってくるはずであった。ところが実際には肺静脈は左房につながっておらず、右房に流れ込んでいた。心臓型の総肺静脈還流異常という病気だった。僕の心エコー診断が間違っていたのだった。一部の症例を除き、一般的に総肺静脈還流異常は早期手術が望まれる。しかも心臓カテーテル検査で血管造影をして造影剤を流すことは肺の負担を増す危険性があるため、できれば心エコー検査やMRI検査など侵襲の少ない検査で確定診断をつけて手術にもっていくのが理想的であった。真由美ちゃんはその日のうちに手術をすることになり、ご両親には心房中隔欠損の重症型ではなく総肺静脈還流異常であったこと、早めに手術をすべきであることを説明した。手術は比較的順調で、午後から始めたのにもかかわらずその日のうちにICUに戻ってくることができた。術後肺高血圧のため人工呼吸器から離脱するのに多少時間を要したが、まずまず順調な経過をたどっていた。ミルクもけっこう飲めるようになって、体重もそこそこに増えてきていた。・・・しかし、手術後2ヶ月ぐらい経ってから再び呼吸状態が悪化してきたのだった。総肺静脈還流異常の手術後に最も問題になる吻合部狭窄が起こってきたのだった。総肺静脈還流異常の手術では、本来流れ込むべき左房に肺静脈をつなぐ手術をするが、このつなぎ目が狭くなってくることがある。そのために肺静脈閉塞とか肺静脈狭窄と呼ばれる状態となり、肺うっ血を来してしまったのであった。再び人工呼吸器がつけられ、しばらくして吻合部狭窄を解除する手術が行われた。しかし、呼吸不全と心不全が高度であり、その年の夏のある夜に旅立っていかれた。入院後、約3ヶ月が経過していた。

心エコー検査で総肺静脈還流異常の診断がついていればあと1週間は手術が早かっただろうし、血管造影もしていなかっただろう。そのことと術後の吻合部狭窄の出現とは関係はなく、結果が変わっていたかどうかはわからないが、少なくとも心エコーの段階で診断できなかった事実には変わりはない。今、そのエコーフィルムを手に取ってみると、どう見ても総肺静脈還流異常としか見えないのだが、未熟だったくせに自信満々だった自分を思い知らされるのがイヤで、その心エコーサマリーを手元に置くことに臆していたのだ。

あれから10数年、心エコー検査の器械も精度を増し、手術機器も手技も大きく進歩している。僕の診断技術も多少向上しているとは思うが、心エコー検査に対する過信、自分自身への過信の恐さを忘れないようにと常に心掛けている。そして、心エコーなどの検査に頼ることなく、視診、触診、聴診といった基本的な技術を磨き続けたいと考えている。「最近の心疾患の診断は心エコーやMRIなどの器械に頼り過ぎている。たとえ停電になって、そうした器械が使えない時でもしっかりと診断できる、そんな医者をめざしなさい」僕の東京時代の恩師がくれた言葉である。

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